コンプレックスの塊ですが何か?

 

 

今だから人にも言える事ですが、僕は養子で、爺ちゃん婆ちゃんに養子として迎えいれられ
その爺ちゃん婆ちゃんの娘に僕は育てられました

 

これややこしいですよね
自分でも言葉にするのが難しいw

 

 

僕を養子に迎え入れた二人は、祖父母として僕を育て、その娘夫婦が僕の親代わりになったのです。

 

 

母親は、とても暴力的でヒステリックな人でした
暴力は日常茶飯事で、幼稚園の頃、母親を偶然道端で見つけたのですが
僕は母親が怖かったので、その場から逃げました。

 

 

それに気づいていた母親は激怒し、家に帰った後、僕は母親に掃除機で何度も何度も叩かれました
この時の記憶は今も鮮明に残っています。

 

 

喘息に苦しんでいても背中をさすってもらう事も出来ず、あの頃の僕は母親が単なる恐怖でしかなかったです。

 

 

小学生になるまでは、両親と弟の四人で大坂に住んでいたんですが
進学を機に、僕の喘息を治すために、空気の良い和歌山に引っ越し一緒に住もう

と言う爺ちゃんの提案のおかげで
爺ちゃん婆ちゃんとも一緒に住むようになり

 

 

祖父母がそばに居てくれたおかけで、多少は母親から逃げる事ができましたが
それでも母親の暴力は続き、「あんたは犬以下」だと罵られ続けていました
祖父母が止めに入ってくれてもお構い無しでしたね。。

 

 

父親も父親で、教育には無関心で、ほとんど遊んでもらった記憶もなく
両親共に育ててはもらったものの、親と言う感覚は全く無かったです

 

 

こんな家庭に育ったら誰だってコンプレックス抱きますよね
幼い頃だと特に親の言う事は真に受けるので、幼い頃から圧倒的に自信が持てない事の方が多かったです。

 

 

僕には弟がいて、その弟は可愛がられていたので、尚更劣等感が強かったです。

 

 

それでもコンプレックスを抱え、自信を持たず、おどおどしていても仕方ないので

僕は強がる事と何かに熱中しコンプレックスから逃れる方法を身につけました

 

 

中学の頃は、自分は悪だと思った物にはとことん喰ってかかり
偉そうな先輩には、一つ二つ年上だからって調子に乗るなと徹底抗戦し
趣味の音楽に没頭していました

 

 

そのせいか目をつけられる事も多く苦労したんですが
絶対負けたくない、悔しいから負けたくないって気持ちを押し通していると
自然と最初は衝突していた先輩達にも受け入れられ、先輩の方からフレンドリーに接してくるようになりました

 

 

それでも僕は気にくわない奴とは一切仲良くしなかったですがw

 

 

それぐらい強がる事で、僕は何とかコンプレックスを乗り越えようとしていたし
それが、僕にとっての上手なコンプレックスとの向き合い方でした

 

 

コンプレックスがあるぶん
人より劣っていたり、足りない事があると
悔しいって気持ちが僕の場合常にあるので

 

 

コンプレックスはなかなか消える物ではないですが、悔しいって気持ちに正直になる事で
コンプレックスをバネにする事は可能だと思っています。

 

 

僕はその気持ちを利用して、仕事でも独立する事ができたし、辛い事と向き合えました

 

 

コンプレックスに押し潰されそうになった時
心が折れそうになった時
負けてたまるか、ふざけんねーよ!っていつも思ってますw

 

 

まだまだコンプレックスは解消されていない部分もありますが
この気持ちでいれば、いつかコンプレックスを克服し
これからも人生に活かしていけると思っています

 

 

コンプレックスの塊ですが何か?
これくらいの気持ちでこれからも頑張っていきます。

 

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コメント

  1. たっきー より:

    こんにちは!

    そんな母親がいるのか・・と驚きです。

    つぶれずにバネにする強さがあったから
    乗り越えられたのだと思いました。

    コンプレックス上等!ですね。

  2. だいふく より:

    >たっきーさん

    こんにちは!
    うちの母親はとにかく強烈ですw
    内心ビビリな面もあるので、何ビビってんの俺、ふざけんじゃねーよ!
    って、心折れそうな時は活を入れてます
    弱点をバネにできたら最高ですよね。

    コメントありがとうございます^^

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